盲点だった「体の傷」と「心の傷」のつながり

私は15才(高校1年生)の時に、胃の三分の二を摘出する緊急手術を受けたことがあります。
手術の際の処置があまり上手くいかなかったのか、お腹には大きな手術のあとが残っています。

しかし手術後の経過は順調でした。
その後、この病気に関わるような症状は特にないため、気にならなくなっていました。

それから数十年。
毎日の生活の中で、このことをほとんど振り返ることもなく過ごしてきたのです。

しかし実はこの体験。「体の傷」(手術あと))が「心の傷」となって、ずっと影響を与えてきたことに気付いたのです。

【1】高校1年でかかったストレス性の病気

私の病名は「胃潰瘍」でした。

胃は胃酸(食べものを消化するために分泌されるもの)と胃の粘液の絶妙なバランスをとって、食べたものの消化、吸収を進めています。

しかしそのバランスが取れなくなると、胃酸が胃の粘膜を傷つけてしまうのです。

当時この病気の原因は過労や精神的なストレスだと言われていました。
(現在では、胃にある菌の感染があると発症しやすいことが分かってきています。)

軽い場合は胸やけ程度ですが、症状が進行すると最終的に胃に穴があいてします。

当時私は体調がすぐれなかったのですが、たいしたこととは思わず病院にも行っていませんでした。
そしてある日、胃に穴があいて急遽手術を受けることになってしまったのです。

【2】親子関係というストレス

高校生になって間もない頃。
高校受験は志望通りの学校に受かり、その頃の私が望んでいた環境(学校・部活)に身を置いたはずでした。

しかし父親の転勤に伴い引越しし、高校はかなり遠いところから通わなくてはなりませんでした。
学校は公立高校で学区が決まっていたため、皆と違って一人だけ別の地域から通うようになってたのです。

転勤・転居が絶えない父親の仕事。
引越しに伴い、学校や友達など慣れた世界から引きはがされてしまう。
その悲しみや無力感を、私は小さい頃からすごく感じていました。

それは仕方がないことだと分かっていても・・
親の都合で自分の環境が大きく変わってしまう。

それが「許せない」と強く思っていたのです。

「なんでこんな遠いところから、一人通わなければならないのか!」
高校進学をキッカケに、父親に対する不満や怒りが噴出しました。

大人になった今となっては、当時の状況がそんなに大変だったと思えません(笑)

しかし大人と違って、子どもの世界はとても狭い。

子どもにとっては家族や近所、学校が世界の全てのようなもの。
何かを買うことも、どこかに行くことも、大きなものは親の承認が必要とされる時期。
親子関係は当時の私にとって世界や人生を揺るがす大問題だったのです。

そしてそのストレスは体に大きな影響を与えていたのです。

【3】「体の傷」に目を向けることになったキッカケ

手術後、胃潰瘍の症状が大きく出ることはありませんでした。

体の傷はお腹に大きく残っていたものの、人からは見えません。
本当に身近な人は知っているものの、多少驚くのは最初だけ。

また近視の強い私は、お風呂に入った時も、メガネを外すと自分でも見えなくなっていたのです。

いつの間にか、手術を受けた体験は思い出すこともない、遠い過去のことになっていたのです。

しかし思い出す機会がありました。
それは「呼吸の練習」でした。

心身の状態を良く保つために、呼吸をコントロールすることは有効です。
深く安定した呼吸をすることは、安定した状態を作りやすいのです。

私はこれまでも呼吸のトレーニングをしたことがあります。
そして更に一段、深い呼吸トレーニングをやり始めて違和感を覚えるようになったのです。

お腹の中に意識を向けた時に、どうも引っかかる感じがする。
体の中の構造。肺や胃、小腸といったものをイメージすると、頭にモヤがかかったようになってしまう。

「なぜだろう?」

自分の中を深く探ってみると、見えてきたのは自分の体に対する不安でした。

【4】「体の傷を受けた体験」が与えていた心理的な影響

手術で切った自分のお腹、胃を弱くてもろいものだと感じている。

そのため一段深い呼吸をしようとすると、お腹や胃の傷口がパカっと開いてしまうのではないかと恐れている・・。

もちろん、そんなことはありませんが(笑)
ずっと見えていなかった体への不安があったのです。

普段敢えて意識することはないものです。

しかし影響を与え続ける「漠然とした不安」の一つの要因になっていたのです。

これは体への不安にとどまりません。
「体に弱い部分がある」と認識があれば、無意識のうちにそれを守ろうとします。

ケガをすればケガをしている部分に意識が向いて、何かにぶつけたりすることを自然と避けようとします。

私の場合、弱いお腹を守ろうとする意識がずっとどこかで働いていたのです。
そしてこれは心理的に「守り」に入りやすくなったり。
また何か物事に向き合う時に、ついためらってしまう力になっていたのです。

更に、10代でストレス性の病気になって手術を受けたこと。
これをとても否定的に捉えていたため「自己否定」の一つの要因になっていました。
「ストレス性の病気になる」=「ストレスに弱いヤツ」
だとどこかで思ってしまい「自分は弱い人間」だという認識を作っていたのです。

【5】心理的な影響に気付き、傷と向き合う

「体の傷」
ここに関わる心理的な影響は自分にとっては大きな盲点でした。
また手術を受けて数十年経っているのに、まだ術後の不安も残っていたのです。

「この大きな傷あとは、いつかまた開いてしまうのではないか」
といったものです。

振り返ってみると、どこかでこの傷のことをずっと避けていたように思います。

「見ても仕方がない」
「実は不安を抱えているから、見たくない」
「自分の醜い部分に目を向けたくない」
そんな想いが心の深い部分にはあったのです。

そこで自分の傷を改めてちゃんと見ることにしました。

・大きさはどれぐらいなのか
・何針縫われているのか
・傷あとの皮膚の状態はどうなっているのか 
など

更に病院の外科や医学関係の学会のサイトも見て、自分の傷の状態がどうなっているのか、初めてちゃんと調べたのです。

そうすると少し安心しました。

自分の手術あとについて「見た目の問題はあっても、機能的に問題はない」ことがしっかり分かったのです。

【6】「体の傷」からの影響が減って

「体の傷」という過去に囚われていた自分に気付くことで、ネガティブな思い込みや反応が減りました。

15才での出来事や残った傷。
そこに様々な意味づけをしたいたのです。

「自分は弱い人間だ」
「自分は(手術を受けた)腹部が弱い」
「自分には力がない」
といったものです。

そしてその影響で
・自分の想いや主張を人にしっかり伝えにくい
・(立ち向かわないといけない場面で)つい腰が引けてしまう
・(自分が弱いことを前提に)物事を考え、行動してしまう
といった方向に、心理的な力が働きやすかったのです。

手術を受けた当時の自分が、ネガティブな想いになってしまったのは仕方がない。
しかし今、同じ想いになっている必要はない。

過去の想いとその影響に意識がちゃんと向くことで、そんな状態を自然と手放しやすくなりました。

微細なことですが、意識が変わることで現実的な言動や現実が変わりやすくなったと思います。

例えば
・遠慮が減って、よりしっかり相手に自分の考えや想いを伝えられる
 →相手が受け取るものが増える。より貢献できる。
・困難に立ち向かいやすくなる
・自分や周りの状況をよりしっかり見て判断、行動しやすい
といったことが起こりやすくなったのです。

まとめ

自分の体にある傷。
こういった傷は、良くも悪くも一生を伴に過ごすようなものです。

でも私はその存在を全く忘れていました(笑)

もちろん見る必要が無ければ、敢えて見なくとも良いでしょう。
これはまさに心の傷も同じ。

しかし、もし望まない影響があれば・・
向き合って解消していきたいですね。

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