今日(2月8日)で最終回を迎える、NHKドラマ「心の傷を癒すということ」(全4回)
*ドラマ ホームページ
https://www.nhk.or.jp/drama/dodra/kokoro/
舞台は神戸。
阪神・淡路大震災の時。
自ら被災しながらも、多くの人達の心のケアに奔走した若き精神科医の実話の物語。
(ご本人は、がんのために既に他界)
震災の時、勤務していたのはこの医師の母校、神戸大学医学部付属病院。
この大学は私の母校でもあります。
私は医学部ではなく、経営学部の卒業ですが…
神戸で4年間、学生生活を送った私。
震災の時には既に卒業し、大阪で働いていました。
そのため、直接地震の被害を受けることはありませんでした。
しかし、見慣れた街並みが焼かれたり、壊れたのを見たり。
また学生時代の知り合いも何人も亡くなったことを知って。
当時の私はかなりショックを受けました。
中でもショックだったこと。
それは、私が震災の直前に知り合った女性。
私が魅かれたその人は
震災ですぐに亡くなってしまったのです。
■震災の前にあった飲み会
社会人になったばかりの頃。
時々あった飲み会。
(合コンです。)
ある時、仲良かった会社の友人が企画したものがありました。
女性側の幹事は友人の大学の後輩。
どんな飲み会だったか他のことは覚えていませんが、
一人、感じのいい女性がいた。
女性側の幹事。
小柄で明るい感じの子。
でも色々苦労しているらしい。
その場で連絡先の交換はしなかった。
でも友人経由でまた連絡できることは分かっていたので、飲み会の場はそのまま終わりました。
しかし後日、その友達から
「〇〇ちゃん(女性の幹事)。永田のこと、いいって言ってよ。」
「また会ってみたら?」
と言われたのです。
私はすっかり嬉しくなって、
「次はどうやって会う機会は作ろうか」
そんなことをアレコレ考えてばかりしました。
でも二度目に会う機会は永遠に来なかった…。
彼女は直後に起こった震災で亡くなってしまったのです。
■訃報が届く
「〇〇ちゃんが亡くなった。」
友人から聞いた時、信じられませんでした。
「あんなに明るく笑っていた人が、もうこの世にいない??」
でも他にも、大学時代の知り合いなど、亡くなった人の話しが続々と入ってきます。
「死」という現実を受け入れるしかない。
「この事態で、自分が何かできることはないか?」
そこで思いついたのはお通夜に出ることでした。
「よく知った相手でもないのに…。葬儀に出るのは大袈裟。」
「でも、お通夜なら、いいんじゃないか」
そう考えて、友人に通夜の日時と場所を聞いて、当日一人で会場に向かいました。
友人は葬儀に出るため、私は一人で通夜に出ようと思ったのです。
■結局行けなかったお通夜
当日、私は会場近くの駅で降りました。
でもその先に足が進まない。
会場に行くかどうか迷いだしたのです。
「亡くなった人を自分なりに送り出そう。」
そう思う一方で
「私がお通夜に行ったところで。この事態。何か変わるわけでもない..。」
結局私は会場に行かず、そのまま帰ってしまいました。
今考えると、
私は「その女性の死」という現実を、やはり受け止めきれなかったのだと思います。
■「喪失感」は後々まで影響していた
これまでずっと続くと思っていたもの。
見慣れた街並み
毎日の生活
身近な人
など
これが一瞬で無くなってしまうことがある。
「目の前に当たり前あるものが
突然無くなることもある儚い(はかない)ものだった。」
そう思うと
未来に向けて「何かをやろう!」という気が無くなってしまって..
随分無気力になってしまったのです。
その状態は何年も続き「うつ」のような状態にも陥りました。
「過去の嫌なことは忘れよう」
「ネガティブなことは考えないようにしよう」
一方でそう考えてもいたので、かえって長引いてしまったと思います。
今思うと…
自分の悲しい気持ちや喪失感とちゃんと向き合えたら、こんなに長引かせることはなかったと思います。